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那覇地方裁判所 昭和60年(ワ)661号 判決 1990年1月30日

原告

仲本禎扶

仲松洋子

右原告両名訴訟代理人弁護士

新垣勉

伊志嶺善三

仲山忠克

被告

有限会社ビューカルバーバーカンパニー

右代表者代表取締役

後上里清

右訴訟代理人弁護士

與世田兼稔

当山尚幸

被告

右代表者法務大臣

後藤正夫

右指定代理人

大脇通孝

桑畑稔

山入端茂

前盛義行

比嘉健一

玉城康秀

宮里勝順

垣花邦夫

比嘉章哲

来間芳雄

主文

一  原告らの被告らに対する各請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告らの請求の趣旨

1  原告らと被告有限会社ビューカルバーバーカンパニーとの間で、被告有限会社ビューカルバーバーカンパニーが、昭和五九年八月一八日に原告らに対してなした解雇は無効であることを確認する。

2  被告らは、各自、(一)原告仲本禎扶に対し、金六万九一七六円、原告仲松洋子に対し、金五万五四一一円、及びこれらに対する昭和五九年三月六日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を、(二)昭和五九年四月五日以降、原告らが訴外有限会社大野バーバーまたは同会社の労働契約上の地位を承継する者の従業員としての地位を取得し、かつ、沖縄駐留米軍通行許可証発給機関が原告らに就労のための基地内通行許可証を発行するまで、毎月五日限り、原告仲本禎扶に対し、金一五万二九九四円、原告仲松洋子に対し、金一四万五〇六八円、及びこれらに対する各支払期日の翌日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を、(三)原告らに対し、各金三〇〇万円及びこれに対する昭和五九年二月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  第2項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  主文同旨

2  仮執行免脱宣言(被告国につき)

第二当事者の主張

一  原告らの請求原因

1  当事者

(一)  被告有限会社ビューカルバーバーカンパニー(以下、「被告会社」という。)は、米国の陸軍及び空軍太平洋地区エクスチェンジサービスの沖縄地区エクスチェンジ(以下、「OWAX」という。)との間に、沖縄駐留米軍基地内における理容業務委託契約(以下、「本件契約」という。)を締結して、基地内二七営業所において、右委託業務を営んでいた。

(二)  原告らは、いずれも被告会社に雇用され、キャンプ・フォスター内の営業所(以下、「本件営業所」という。)に配置され、被告会社を通じて海兵隊憲兵司令部から基地内通行許可証(以下、「パス」という。)の発行を受け、パスを使用して基地内に立ち入り、その業務に従事していた。

2  パスの取上げ

OWAXの指定調査機関である空軍特別調査事務所(以下「OSI」という。)捜査官は、昭和五九年二月二三日午後五時四五分ころ、OWAX係官及び被告会社専務訴外大野恵良(以下、「大野」という。)を伴って、本件営業所に突然立ち入り、同所を捜索し、海兵隊に関する捜査機関である海兵隊犯罪捜査部(以下、「CID」という。)係官の指示を仰ぎ、原告らを含む従業員のパスを取り上げた(以下、右パスの取上げを「本件パス取上げ」という。)。

3  CID及びOWAXの不法行為

(一)  CIDは、原告らに弁明の機会を与えることなく、突然、本件パス取上げを行った。

(二)  本件パス取上げは、レジスターの打刻に関するOWAXと被告会社との間の現金取扱いに関する約定(以下、「本件約定」という。)に違反するなどして、原告らが入金処理に際して売上金を着服横領している旨の嫌疑(以下、「本件嫌疑」という。)によるもののようであるが、CIDは、原告らの本件嫌疑解消後も、パスを返還しない。

(三)  OWAXは、原告らの本件嫌疑解消後も、本件約定違反を理由にCIDに原告らの処分を求めた。

4  被告国の責任原因

(一)  OWAXの被用者は、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定」(以下、「地位協定」という。)一八条五項の適用については、合衆国軍隊の被用者として取り扱う旨、日米合同委員会において合意されている。

(二)  被告国は、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う民事特別法」(以下、「民事特別法」という。)一条により、原告らがOWAX及びCIDの前記3記載の違法行為により被った後記8(但し、OWAX及びCIDの右行為と相当因果関係を有する、本件解雇により被った賃金相当損害金として)ないし10記載の損害を賠償する責任がある。

5  原告らの解雇

被告会社は、昭和五九年八月一八日、原告らに対し、本件パス取上げにより原告らが就労不能になったとして、原告らを解雇する旨の意思表示をした(以下、右の解雇を「本件解雇」という。)。

6  被告会社の不当労働行為に基づく責任原因

本件パス取上げはOWAXがCIDに指示したものであるが、被告会社は、自社から全沖縄理容美容労働組合(以下、「全理美容労組」という。)の組合員である原告らを排除するために、OWAXと共謀して本件パス取上げをしたうえ本件解雇を行ったものであるから、本件解雇は労働組合法七条に違反する不当労働行為として無効であるとともに、この不当労働行為自体が民法七〇九条の不法行為となる。

7  被告会社の解雇権濫用に基づく責任原因

(一)  原告らは不正行為を働いていないし、本件約定を知らなかったためそれまでの職場慣行に従い形式的に本件約定に違反していたに過ぎないものであるから、本件パス取上げは、本件約定を従業員に周知させる義務を怠っていた被告会社の責任によるものである。

(二)  被告会社は、OWAXとの間の前記業務委託契約に基づき、OWAXに対し、自社の従業員を職場のある基地内へ立ち入らせることを要求する権利を有しており、かつ、原告らから事情説明を受けOWAXにパス返還交渉をしてくれるよう懇願されたにもかかわらず、原告らが全理美容労組を結成し活動を行ってきたことから、意図的にOWAXとパスの返還交渉をしなかった。

(三)  右によれば、本件解雇は解雇権濫用として無効であるとともに、この解雇権濫用自体が民法七〇九条の不法行為となる。

8  原告らの賃金等

(一)  原告らは、被告会社に歩合給賃金(原告仲本禎扶<以下、「原告仲本」という。>は理容料金の五〇パーセント、原告仲松洋子<以下、「原告仲松」という。>は理容料金の四八パーセント)の約定の下に雇用され、毎月五日限り前月分の賃金の支払を受けていたが、原告らの昭和五八年の平均月額賃金は、原告仲本が金一五万二九九四円であり、原告仲松が金一四万五〇六八円であった。

(二)  原告らは、被告会社から、昭和五九年三月五日に支払われるべき賃金のうち、原告仲本について金八万三八一八円、原告仲松について金八万九六五七円の支払を受けた。したがって、右支払日の未払賃金は、前記平均月額賃金との差額である原告仲本について金六万九一七六円、原告仲松について金五万五四一一円である。

9  慰謝料

原告らは、被告会社の前記6及び7記載の不法行為及びOWAXらの前記3記載の不法行為により、精神的苦痛を受けたが、これに対する慰謝料としては、原告らにつき各金三〇〇万円が相当である。

10  弁護士費用

原告らは、本訴を提訴するに当たって、訴訟遂行を弁護士に委任することを余儀なくされ、弁護士費用として各金一〇〇万円を支払うことを約した。この費用は、被告会社及びOWAXらの前記不法行為と相当因果関係を有するものである。

11  雇用契約上の地位の承継等

(一)  被告会社は、昭和六二年五月、本件契約が期間満了により終了したので、OWAXとの間で再契約を締結すべく基地内における理容業務委託契約に関する競争入札に参加したが落札できず、大野の設立した訴外有限会社大野バーバー(以下、「大野バーバー」という。)がこれを落札し、大野バーバーが新たにOWAXとの間で理容業務委託契約を締結した。

(二)  大野バーバーは、従前の慣例に従い、右契約の締結に伴い、希望しない者を除く被告会社の全従業員の労働契約上の地位を承継したのであるから、原告らは、本件パス取上げがなければ、被告会社従業員の地位を有したままで、大野バーバーにその労働契約上の地位を承継されていたはずである。

(三)  右のとおり、原告らは、OWAXと理容業務委託契約を締結した大野バーバーまたは将来OWAXと右契約を締結するその他の第三者の従業員となるべき地位を取得する法的地位ないしは合理的期待権を有するものであるから、原告らは、右従業員たる地位を回復し、かつ、就労のためのパスの発行を受けるまで、被告らに対し、賃金請求権ないしは賃金相当損害金請求権を有するものである。

12  よって、原告らは、被告会社に対し、本件解雇が無効であることの確認を求めるとともに、被告らに対し、各自、(一)被告会社については雇用契約に基づき、被告国については民事特別法一条に基づき、(1)原告仲本につき金六万九一七六円、原告仲松につき金五万五四一一円、及びこれらに対する支払期日の翌日である昭和五九年三月六日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、(2)昭和五九年四月五日以降、原告らが大野バーバーまたは大野バーバーの労働契約上の地位を承継する者の従業員としての地位を取得し、かつ、沖縄駐留米軍パス発給機関が原告らに就労のためのパスを発行するまで、毎月五日限り、原告仲本につき金一五万二九九四円、原告仲松につき金一四万五〇六八円、及びこれらに対する各支払期日の翌日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、(二)被告会社については不法行為に基づき、被告国については民事特別法一条に基づき、原告らに対し各金三〇〇万円及びこれに対する不法行為の日の翌日である昭和五九年二月二四日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、各支払を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

(被告会社)

1  請求原因1の(一)及び(二)の各事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同5の事実は認める。

4  同6の事実は否認する。

5  同7の(一)ないし(三)の各事実は否認する。

6  同8の(一)及び(二)の各事実は認める。

7  同9の事実は否認する。

8  同10の事実は否認する。

9(一)  同11(一)の事実は認める。

(二)  同11(二)の事実は否認する。

(三)  同11(三)の主張は争う。

(被告国)

1(一)  請求原因1(一)の事実は認める。

(二)  同1(二)のうち、海兵隊憲兵司令部が原告らにパスを発行していたことは認め、その余の事実は知らない。

2  同2の事実は認める。

3  同3の(一)ないし(三)の各事実は否認する。

4(一)  同4(一)の事実は認める。

(二)  同4(二)の主張は争う。

5  同5の事実は認める。

6  同8の(一)及び(二)の各事実は知らない。

7  同9の事実は知らない。

8  同10の事実は知らない。

9(一)  同11(一)の事実は認める。

(二)  同11(二)の事実は知らない。

(三)  同11(三)の主張は争う。

三  被告会社の主張

1  被告会社は、原告らを含む全従業員に対し、入金処理は一客毎にレジスターで打刻するよう指示し、各店長に対し、一日の売上はその日のうちに決算するよう指示していた。被告会社は、昭和五七年七月ころ、本件営業所のレジスターを新機種のものと取り替えたが、これは、操作が極端にまで単純化されたものであり、原告ら主張のように、午後六時に締め切るべきものを午後五時一五分に締め切りレジ操作をすべき必要性はない。

2  本件の端緒は、昭和五八年一一月ころ、本件営業所の客である海兵隊員等からCIDに対して被告会社従業員による現金取扱いに不正があるとの告発が相次ぎ、CID及びOSIが、同年一二月ころから捜査を開始したことにある。

右捜査は、被告会社に対しても極秘で行われたため、昭和五九年二月二三日の本件営業所の強制捜査及び本件パス取上げについても被告会社は事前に知らされていなかった。

3  被告会社は、本件パス取上げについてOWAXに事情を聞くとともに、原告らに対し、OWAXやCIDにレジ操作の誤りを陳謝してパスの返還を求める仲介をしようと持ち掛けたが、原告らはこれを拒否し、昭和五九年二月二五日以降、幾度となく全理美容労組を通じて被告会社に対し米軍当局へ無条件のパス返還交渉をするよう要求してきた。しかしながら、米軍当局は、本件パス取上げを絶対的処置である旨表明し、OWAXも本件契約中のパスを取り上げられた従業員の解雇の条項を根拠に、昭和五九年二月二四日、被告会社に対し原告らの解雇を迫っていた状態であったので、無条件のパス返還交渉はできるような状況にはなかった。

4  被告会社は、パス返還の可能性はなく原告らの就労が不可能であると判断して本件解雇を行った。

四  被告国の主張

1  本件の端緒は、昭和五八年一一月、本件営業所を利用する軍関係者が、代金を受け取りながらレジスターを打刻しないという被告会社従業員の不正な現金取扱いを目撃し、その旨をCIDに通報し、CIDからOSIに調査が要請されたことにある。

2(一)  OSIは、昭和五九年二月一四日、一〇名の海兵隊員に本件営業所で散髪をさせたところ、午前一一時から午後一時までの間に散髪をした者五名は、従業員らの現金取扱いに不審な点を目撃しなかったが、午後五時から午後六時までの間に散髪をした者五名は、従業員らが受領した料金をレジスターに打刻せず売上実績報告書にも記帳せず、レジスターの引出しが開いたままになっているのを目撃した。

(二)  OSIは、昭和五九年二月一五日、一〇名の海兵隊員に本件営業所で散髪をさせたところ、午後三時ころ散髪をした者二名は、従業員らの現金取扱いに不審な点を目撃しなかったが、午後四時二〇分ころに散髪をした者三名のうち二名は、店長がレジスターを締め切り現金を集計するのを目撃し、午後四時四〇分ころ散髪をした者三名は、従業員らが売上実績報告書に記帳していないことを目撃し、午後五時一五分ころ散髪をした者二名は、従業員らが受領した料金をレジスターに打刻せず売上実績報告書にも記帳せず、レジスターの引出しが開いたままになっているのを目撃した。

(三)  OSIは、昭和五九年二月二三日午後五時二〇分から同四五分までの間、一四名の海兵隊員に本件営業所で散髪をさせたところ、右一四名は、いずれも従業員らが受領した料金をレジスターに打刻せず売上実績報告書にも記帳せず、レジスターの引出しが開いたままになっているのを目撃した。

(四)  また、本件営業所においては、昭和五八年以降同五九年二月ころまでの間、平年に比べて売上げの落込みがあったが、その理由は不明であった(なお、本件解雇後には売上げが回復している。)。

3(一)  右調査結果に基づき、昭和五九年二月二三日午後五時四五分ころ、OSI特別調査官ロバート・M・キャロル(以下、「キャロル」という。)らは、OWAX係官とともに本件営業所に予告なく立ち入り、金銭出納の調査を行い、レジスター内の四〇ドル五セントが、レジスターに打刻されず売上実績報告書にも記帳されていなかったこと及び既に当日分のレジスターの集計が締め切られていたことを確認した。

(二)  キャロルは、CID係官に架電し調査の状況を報告したところ、CID係官からパスの返還を求めるよう指示があったので、原告らを含む従業員らに対しパスの任意提出を求め、これを受領した。

(三)  キャロルは、右立入調査に際し、従業員らに自己の身分を明らかにし、右調査が現金取扱約款違反の疑いに基づく公式調査であり、レジスターに打刻されていない四〇ドル五セントについて弁明があれば、OSIの事務所で聴く用意がある旨告げた。

4(一)  OWAXは、被告会社との間の契約において、レジスターを使用する際、取引の都度売上げを記録するようにしているが、その趣旨は、一日の売上げを正確に把握し売上集計を簡易化するだけでなく、売上げの都度第三者である客の前でレジスターを打刻させることにより、現金取扱者による現金着服の不正行為を未然に防止するところにあり、原告らの都合により無視することは到底許されない。

(二)  また、本件営業所は、米軍基地内に存するが、高度の軍事上の必要性から、基地内の職場においては、基地外の職場に比較して特別に厳格な秩序の維持と規律の保持が要請される。

5  原告らは、パスに関する権限は、OWAXにあるとしているが、キャンプ・フォスターの施設管理の最高責任者は、バトラー海兵隊基地司令官であり、パス発行権限は、同司令官に属し、OWAXにはその権限はない。

また、その内容は、地位協定三条一項に定められた米軍の基地の排他的使用権(基地管理権)に基づくものであり、パスを発行する権限のみならず一旦発行したパスの返還をさせる権限も含まれることは明白である。そして、米軍基地は、「日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため」(日本国とアメリカ合衆国との相互協力及び安全保障条約六条)という高度に専門的、政治的配慮を必要とする目的のため提供されたものである以上、米軍の基地管理権及びこれから派生するパスに関する権限には広範な裁量が認められる。また、原告らは、米軍に対し、基地内への立入りを要求する権利を有しないのであるから、パス発行については、何らの権利も有していない。

6  以上によれば、原告らについては、売上金着服の疑いが十分に認められる以上、バトラー海兵隊基地司令官の部下職員であるCID及びOSI係官が、原告らに対してパスを返還させたことは正当であるし、仮に、原告らの売上金着服の疑いが薄いとしても、前記基地内の特殊性及びパス発行権限の裁量の広範性からすれば、バトラー海兵隊基地司令官の部下職員であるCID及びOSI係官が、原告らに対してパスを返還させたことをもって違法な行為ということはできない。

五  被告らの主張に対する原告らの反論

1  米軍当局は、OWAXが被告会社と本件契約を締結することを許容している以上、被告会社及びその被用者の基地内での活動を規制するためには正当な理由が必要である。

2(一)  本件営業所においては、閉店時間の午後六時以降に決算に着手すると勤務時間を超過するため、理容客が少なくなり比較的暇ができる午後五時一五分ころ一旦レジスターを締め切り、それまでの売上金の決算に入ることになっていた。レジスター締切後、客から受領した料金は、決算のため開いたままになっているレジスター内に直接納入され、その都度入金のための打刻は行われない。右納入料金については、閉店後、店長が翌日の日付で一括して打刻していた。右納入金は、当日の売上金とは別の封筒に入れて店長が自宅に持ち帰って保管し、翌日の売上金とともに決算されていた。

(二)  原告らは、被告会社の容認していた右入金処理の慣行に従っていたものであり、不正行為は働いていない。

3(一)  日本国政府が雇用して米軍諸機関に提供する被用者の法的地位については、日本国とアメリカ合衆国との間で締結され昭和三六年一二月一日発効の「諸機関労務協約」(以下、「諸機関労務協約」という。)によって規律され、そこでは、保安基準を明示するとともに、基地内で活動する被用者の行為規範が定められているが、これらは、その内容からして基地内で働く各種被用者に妥当するものである。

(二)  したがって、原告らの基地内での活動を規制する正当な理由が存したか否かは、諸機関労務協約の規定に基づき判断されるべきところ、原告らの行為は、OWAXと被告会社の私的な契約内容である本件約定に違反するものにすぎず、諸機関労務協約の定める基地内の治安及び安全を脅かす行為や行為規範に違反する行為には該当しない。

4  したがって、米軍当局の本件パス取上げは、基地管理権を濫用したもので違法である。

第三証拠(略)

理由

一  当事者(請求原因1)について

1  請求原因1(一)の事実は、全当事者間に争いがない。

2  同1(二)の事実は、原告らと被告会社との間では争いがなく、原告らと被告国との間では、海兵隊憲兵司令部が原告らにパスを発行していたことは争いがなく、その余の事実については原告ら各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によりこれを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

二  パスの取上げ(請求原因2)について

請求原因2の事実は、全当事者間で争いがない。

三  CID及びOWAXの不法行為の有無(請求原因3)について

1  CIDによる本件パス取上げ行為の違法性の有無(請求原因3(一))について

(一)  (証拠略)によれば、本件パス取上げに至る経緯等について、以下の各事実が認められ、証人仲地幸栄及び原告ら各本人の各供述中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らし措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(1)(ア) 昭和五八年一一月ころ、本件営業所を利用する客らにより従業員らの不正な現金取扱いが目撃されたことから、CIDは、同年一二月、三回にわたり、本件営業所に係官を派遣して調査したところ、午後五時一五分から午後六時までの間、従業員らが代金を受け取りながらレジスターを打刻しないという不正な現金取扱いを目撃したので、CIDはOWAXにこのことを通告するとともにOSIに調査を要請し、OSIは、OWAXからも通告があったことから、OSI特別調査官キャロルが、同年一二月二一日ころ、調査を開始した。

(イ) キャロルは、昭和五九年二月一四日、一〇名の海兵隊員に本件営業所で散髪をさせたところ、午前一一時ころから散髪をした五名及び午後四時ころから散髪をした三名は、従業員の現金取扱いに不審な点を目撃しなかったが、午後五時ころから散髪をした二名は、従業員らが受領した料金をレジスターに打刻せず、売上実績報告書にも記帳しなかったことを目撃した。

(ウ) キャロルは、昭和五九年二月一五日午後五時ころから午後六時ころまでの間に、一〇名の海兵隊員に本件営業所で散髪をさせたところ、全ての者が、従業員らが受領した料金をレジスターに打刻していないことを目撃した。

(エ) キャロルは、昭和五九年二月二三日午後五時二〇分ころから同四五分ころまでの間に、一四名の海兵隊員に本件営業所で散髪をさせたところ、右一四名は、従業員らが受領した料金をレジスターに打刻していないこと、レジスターの引出しを閉めていないこと及び売上実績報告書に記帳していないことなどを目撃した。

(2) また、昭和五八年六月ころから同五九年二月ころまでの間、本件営業所においては、平年に比べて売上げの落込みがあったが(特に昭和五八年九月ころからは、三割以上の落込みがあった。)、その理由は不明であった。なお、本件解雇後は、右営業所の売上げは平年並みに回復した。

(3) 右調査結果に基づき、昭和五九年二月二三日午後五時四五分ころ、キャロル及びOWAX係官らは、被告会社専務大野を呼び出し、ともに本件営業所に予告なく立ち入り、レジスター内の四〇ドル五セントがレジスターに打刻されず売上実績報告所に記帳されていなかったこと及び既に当日分のレジスターの集計が締め切られていたことを確認した。

(イ) キャロルは、CID係官に架電し調査の状況を報告したところ、CID係官からパスの返還を求めるよう指示があったので、原告らを含む従業員らに対しパスの提出を求め、これを受領した。

(ウ) キャロルは、右立入調査を終了するに当たって、弁明があればOSIの事務所でこれを聴く旨告げたが、原告らはこれを拒否した。

(4) 前記(1)の(ア)ないし(エ)記載の調査は、被告会社に対しても極秘で行われたため、昭和五九年二月二三日の本件営業所の強制捜査及び本件パス取上げについても、被告会社は事前に知らされていなかった。

(5) 本件契約においては、被告会社は全ての売上げを取引の都度レジスターに打刻しなければならない旨の約定が存在していた。

(6) キャンプ・フォスターにおけるパス発行権限は、パスの返還をさせる権限も含めて施設管理の最高責任者たるバトラー海兵隊基地司令官にあった。そして、本件営業所の存する米軍基地内においては、高度の軍事上の必要性から、基地外に比較して厳格な秩序の維持と規律の保持が要請されるため、地位協定三条一項に定められた米軍の基地の排他的使用権(基地管理権)に基づく基地司令官のパス発行権限は、その性質上極めて広範な裁量が認められるものであって、原告らには基地司令官に対してパスの発行を要求する権利が与えられていない。

(二)  右認定事実によれば、CIDの指示によりOSIの係官が本件パス取上げをするに際しては、原告らは、自ら弁明の機会を放棄していること、原告らには、本件契約に規定された約定に違反する現金取扱いによる売上金着服の嫌疑が十分に存したこと及びパスの発行については基地司令官に広範な裁量権が存することなどが明らかであり、これらの諸点に照らせば、本件パス取上げは違法なものとはいえず、これをもって不法行為ということはできない。

2  CIDのパス不返還の違法性の有無(請求原因3(二))について

(一)  証人仲地幸栄は、「本件営業所においては、客の少なくなった午後五時一五分ころ、一旦レジスターを締め切り、それまでの売上金の集計に入っていた。レジスター締切後、客から受領した料金は、レジスターの開いた引出しに入れ、店長である自分が翌日の日付でレジスターに一括して打刻していた。」旨供述し、原告らもこれに副う供述をしているところ、(証拠略)によれば、原告らを含む従業員が休暇をとった日についても、売上実績報告書には若干の売上げが計上されていることが認められ、右認定事実や前記各供述に照らせば、前記1(一)の(1)ないし(3)に認定の諸事実から、原告らが売上金を着服横領していた事実を推認することは困難であり、現段階においては、原告らの売上金着服横領の嫌疑はある程度解消しているものといわなければならない。

(二)  そして、弁論の全趣旨によれば、CIDがパスを原告らに返還していないことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(三)  しかしながら、前記1に認定説示のとおり、本件パス取上げ自体は適法に行われたものであること、原告らに本件契約に規定された約定に違反する行為があったこと、本件営業所の存する米軍基地内においては、厳格な秩序の維持と規律の保持が要請されること、基地司令官のパス発行権限(当然に再発行権限を含むものである。)には極めて広範な裁量権が認められること、原告らは基地司令官に対してパスの発行を要求する権利を有していないことなどに照らせば、本件嫌疑がある程度解消した現在において、CIDが原告らにパスを返還しなかったとしても、これをもって直ちに不法行為と断ずるのは困難である。

(四)  なお、原告らは諸機関労務協約が原告らにも妥当する旨主張するが、(証拠略)によれば、右協約は、日本国と米国との間において、米軍諸機関が使用するために防衛施設庁によって提供される者についての雇用条件等を定めたものであること、及び、右協約中にはパス発行権限についての規定は何ら存しないことなどが認められるから、右協約が協約当事者でない原告らに関するパスの再発行権限の裁量を制限するものとは解されない。

3  OWAXによる原告らの処分要求の違法性の有無(請求原因3(三))について

請求原因3(三)の事実は、本件全証拠によってもこれを認めることができない。

4  小括

以上のとおり、CIDまたはOWAX係官の原告らに対する不法行為の事実は、これを認めることができない。

四  原告らの解雇(請求原因5)について

請求原因5の事実は、全当事者間で争いがない。

五  被告会社の不当労働行為の有無(請求原因6)について

1  前記三1(一)(1)(ア)に認定のとおり、本件に関するOSIの調査は、OWAXからの通告がその端緒となっているものである。また、原告ら各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告らは全理美容労組の組合員であったことが認められる。

2  しかしながら、OWAXがCIDに本件パス取上げを指示したことを認めるに足りる証拠はなく、OWAXのOSIへの通告は原告らの売上金着服横領の嫌疑が存したため行われたことは前記三1(一)(1)(ア)に認定のとおりである。また、本件パス取上げが本件営業所から全理美容労組の組合員である原告らを排除する目的で行われた事実は、本件全証拠によってもこれを認めることはできない。さらに、被告会社がOWAXと本件パス取上げを共謀していたことを認めるべき証拠はなく、かえって、被告会社が本件パス取上げに至るまで、OSIの調査等の事実を知らなかったことは、前記三1(一)(4)に認定のとおりである。

3  右によれば、本件解雇は、これをもって被告会社の不当労働行為であるものということはできない。

六  被告会社の解雇権濫用の有無(請求原因7)について

1  (証拠略)によれば、以下の各事実が認められ、原告ら各本人の供述中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らし措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  本件営業所において新型レジスターが導入された昭和五七年七月ころ、被告会社は、右レジスターの使用方法について、原告らを含む従業員に対し講習会を行い、その際、右講習会に同席したOWAXの係官は、具体的に本件契約に規定された約定に基づくものとは説明しなかったが、その約定の内容のとおり、レジスターは一客毎に打刻しその都度レジスターを閉め、一日の売上げはそれと分かるようにすべきことについて指導をした。

(二)  被告会社の専務であった大野は、時々、本件営業所を視察していたが、それは午後五時以前であったため、原告らの本件約定に違反する行為には気付かなかった。

(三)  被告会社は、本件パス取上げの翌日から数回にわたり、OWAXに対し、原告らのレジ操作等についての弁解を上申するとともに、本件パス取上げについての説明を求めるなどしたが、OWAXからは当局が捜査中であるというのみで具体的な回答はなかった。

(四)  被告会社は、本件パス取上げ直後、原告らに対し、取り敢えず一緒にOWAXへ行き謝罪しようと持ち掛け、一旦その旨の原告らの了解を得たが、その後、原告らは、全理美容労組の指示に従い、被告会社及びOWAXと闘って行く旨述べ、右了解を撤回した。

(五)  OWAXは、昭和五九年二月二四日及び同年四月二六日に、被告会社に対し、原告らが本件契約に定める雇用しえない人物に該当する旨通告した。

(六)  OWAX司令官空軍大佐ジェイムス・B・ドナヒューは、一九八四年(昭和五九年)七月一二日付事件処理一括レポート(<証拠略>)において、原告らが本件契約に定める雇用しえない人物に該当する旨の結論を出し、OWAXは、そのころ、右結論を被告会社に通告した。

(七)  被告会社は、昭和五九年八月一八日、原告らが就労不可能であると判断して本件解雇を行った。

(八)  被告会社は、米軍施設内における理容業務を行うことを目的とする会社であった。

2  右認定事実によれば、原告ら主張の、被告会社が本件約定を従業員に周知させる義務を怠っていたこと、あるいは、意図的にOWAXとパスの返還交渉をしなかったことなどの各事実は認められないし、原告らが就労不能となったことについて被告会社に責任があるものともいうことはできないものであり、被告会社による本件解雇はその責に帰すべからざる事由に基因することが明らかである。

したがって、本件解雇は、これをもって解雇権を濫用した無効なものと解することはできない。

七  結論

以上によれば、原告らの被告らに対する本訴各請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。

よって、原告らの被告らに対する本訴各請求は、いずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井上繁規 裁判官 竹中邦夫 裁判官 畑一郎)

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